七面山登詣

  今年の春のことです、長年お世話になっている北米在住の五十嵐顕城(いがらしけんじょう)上人から電話があり10月に七面山に登るから案内を頼む!とのことでした。とても尊敬している先生からの依頼です、ふたつ返事でお約束しました。そして迎えた10月25日、5名の信者さんを連れて身延山に到着されました。

私の海外布教へのきっかけは「運命の6月を迎えて(旧ブログ)」をご覧ください。

奥之院思親閣にまずは参拝です。

みなさんアメリカのシカゴという街から身延山へやってきました。ちょうど昼夜逆転くらいの時差ぼけもあったかと思いますが非常に元気でした。それもそのはず法華経お題目の信仰をお持ちの方々であーここが聖地かーと見るもの珍しくいろいろ感じいっている面持ちでした。このあと日蓮聖人のお墓、御廟所にお参りするころには薄暗くなっておりました。いよいよ翌26日は七面山登山です。

実は今まで6年間もお世話になった敬慎院に一度も妙久寺の七面大明神様をお連れしたことはなかったのです。ところが、ふと今回の登詣ではぜひ背負って登ると急にひらめきました、ぜひお連れしようと。それはきっと七面堂の雨漏りがひどく、長らく本堂に避難されていたこと、そしてその堂宇の建て替えが急にとんとん拍子で進んだこと、そうしたご縁とご守護をいただきどうしてもお連れせねばと感じたからなのでした。

心配されていた天気も上々で、午前9時30分、朝から気分も非常によく登山口に立ち、母が生前使っていた団扇太鼓を手に、背には大明神さまを背負っての山行が始まりました。

お題目をみんなで唱えながら、心に念じながら一歩一歩進んでいきます。だいたい50丁の山坂を3丁くらい進んでは小休止を繰り返して登っていきます。私の見立てでは6時間あれば到着できる計算をしておりましたが、果たして順調そのものでありました。

30丁目あたりの見晴らしポイントでパシャリ! 暑すぎず寒すぎず、汗は多少かきますが湿気がないぶん夏場よりだいぶ楽に過ごせます。なにより登山経験のない方が多くてとにかくケガや体調不良にならないようお互いを励ましあいながらの道中です。

参加者の一人は「あと10分がんばろう!10 more minutes!!」と休憩のたびに自分と周りに声をかけていました。後半になってくると疲れもたまるのでこのあたりからは2丁石ごとに休憩をします、それがちょうど10分くらいかかるので、「ほらまた10分だぞ!」と得意げに話をしており、みんなその陽気なノリに助けられて休憩が終わるたびに「あと10分!」が合言葉になっていました。「あと10分を繰り返していけば、いずれ到着するんだ。つらい時の合言葉にしているんだ」とは彼の言葉。

お題目を杖として、しっかりとした足取りで唱え続け、和光門に到着しました!46丁目の大きな門です。あとは境内の中をゆっくりと進んでいき、遥拝所(見晴らし場所)にたどり着くと歓声があがり6時間かけて午後3時30分 日差しが傾いてきて富士山の姿も半分薄暗くなるころにたどり着くことができました!

二の池、奥之院への参拝のためすぐに再び出発して一通りの参拝を済ませました。このあとお開帳、夕勤、堂内の案内を受けて9時消灯となりました。

お連れした妙久寺の七面大明神さまもお開帳式から大明神の鎮座まします御宮殿のそばに座をいただいてお経をいただき一晩一緒にすごされます。ようやく里帰りができましたと布団の中で御礼を述べてからの爆睡となりました。

翌朝のご来光はFB等でアップした通りの素晴らしいものでした。オレンジの朝日が地平線を照らして明るくなっていき、午前6時の冷たい空気の中ひとすじの陽光が差し込んでくるときのぬくもり、日天子(にってんじ)様と太陽を仏教では呼びますが、その光とあたたかさをお題目でお迎えしているときの気持ちのよさは言葉では伝えきれません。

新しい日の出、新しい一日、新しいぬくもり、新しい人生の再スタート、いろいろな思いがかけめぐりただただ「ありがたい」と感じておりました。

8時半に元気に出発。下りは転倒もふくめ十分注意が必要です。時間をかけてあせらず進み、正午にさしかかるくらいに全員無事下山となりました。

神力坊の伽藍坊さま(足の神様)にも御礼を申し上げ今回の参拝修行をおさめることができました。

翌朝、お連れした七面大明神様が以前よりもますます力強くなられた感があり、今までのご守護に改めて感謝し報恩の祈りを捧げました。

七面堂が完成した折には御礼参りに伺うことになります。その時は真冬になるのでそれはまた楽しみでもあります。

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

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