今年はなぜか古い位牌、遺影写真、古い仏具の魂抜きの祈祷が多かった用に感じます。長年仏壇で手を合わせてきた位牌も50年もすぎると真っ黒になっていて字が判別できないから、、、仏壇を新調するので中の尊像や仏具一式を入れ替えるから、、、といったお話をたくさんいただきました。
実際にお会いしたことのない世代の個人が使用された数珠や古い位牌、また遺影は白黒であったり破れていたりします。そうしたものを処分、という言葉もはばかられますが、お焚き上げをする前に一緒に手を合わせるのが抜魂の法要となります。
以前有名になった「人生がときめく片付けの魔法」でおなじみのコンマリさんが海外で大ウケしたのは大量消費社会において、感謝してから片付ける、というワンステップを入れたことだと聞きました。私はなんとなく捨てるという行為に後ろめたさやまだ使えるかもといった感情が起こります。またかなり強引な理屈になるかもしれませんが、なにせ八百万の神々の住みたもう国の人間として片付ける対象に、写真一枚でさえなにか神聖なものとしての畏怖に似た感情や、勝手に捨てて怒られやしないか、といった気持ちに一瞬でもなるのかもしれません。これだけ物が溢れかえっている時代です、必ずしもそうした気持ちにみなさんも感じるわけではないと思いますが。
今日のご家族も古いアルバムも思い切って処分するのには相当勇気がいったし、今後寂しくなるかなとお話でした。「ときめく」かどうかが先程のこんまりさんの場合の取捨選択の基準になるそうですが、抜魂の祈祷では古くなってお役目を終えたものは、感謝の気持ちを持って送り出す、形は変われど思い出や五感での感触として記憶に残す、そうして頂ければ一枚の写真でさえ報われると思いますと伝えました。思いのこもったものを粗末にしない、こうした気持ちを大事にしたいと思う法要となりました。