おかえりなさい!と思わず声をかけました。先日のブログの記事にもすこし書きましたが「うれしいニュースがあります」と。堂内にあったいくつかの荘厳具は保存状態が劣悪で手直しを加えての再利用を断念しました。そんな中での帰還です。
拙寺の先々代住職、祖父にあたる渓雄上人の染筆の扁額(へんがく)が却ってきました。子供の頃は無口で怖いおじいさんだと思ってましたし、思い出といえばおつかいで近所のお店に飴をよく買い物にいったくらいです。祖父の書斎やお堂の脇には東西の文学や仏教に関する蔵書がたくさん積み上げられておりました。今となっては話を聞くこともできませんが、周囲の方からは人となりを教えていただくことがあります。明治生まれの祖父は大東文化大学で国文学を学び文章での表現力が高かったり、達筆であったと聞いておりました。ある檀信徒の方のお話からは「怖いお上人だったよ、よく怒られたもん」と聞いたりします。その方たちが子供のころ野球をやっていてよく庫裡のほうにホームランを飛ばしてガラスを割ったりしたことがあったそうです。逆に法務や公務のおりには優しい慈愛の言葉をかける人でもあったそうで僧侶としても尊敬される人柄であったようです。
祖母も七面大明神への信仰が篤く、よくお堂でお経をあげていたそうです。そんな夫婦で守ってきた七面堂の扁額が戻り「三十四世日等(にっとう)上人を再びお迎えできてうれしいです。おじーちゃん字を残してくれてありがとう!」

明神堂と書いてあり、堂宇が完成の折には正面上に掲げられます。早川町にある木工房淳司さん(七面山の木工関係のことはこの工房の代表依田さんが精通されている)にお願いをして綺麗に仕上げていただきました。