春になると家の中を整理したくなるというか、新しい生活に備えて古いもの、必要のなくなったものに感謝して処分をする気持ちになります。
今日も法事の後に2時間ほど私物の整理をして、書類や記念品やら大切に取っておこうと思っていたけど、時間が経ってやっぱり送り出そうかなという気持ちになりました。古い缶バッチや高校時代のノートや成績表!また要らなくなった家財道具や服なども数を減らそうと思っています。終活といえばそうなのかもしれません。必要なものに囲まれて蓄えを手放す訓練になるかもしれません。すごい経営者が同じ服をいつも着ているのは「今日は何を着よう」という判断をしなくて済むからというのを聞きました。あれこれ悩むのは服以外と決めているその潔さ。手放すというのは何も難しいことではないかもしれません。
考えてみれば普段の生活は選択の連続です。起きる時間にアラームがなり、3分布団にいるのか、伸びをして布団から出るのか、起きてからも常に習慣という名前の出来事をこなすのも選択の連続でしょう。できることは全てやりたいと思うものの、先ほどの服装のようにあまり考えても「今日の服装はバッチリ決まった!」から仕事が学業がはかどる保証は残念ながらありません。むしろ仕事や学業で使う選択に頭を使う方がいい選択ができそうです。選択の取捨が必要だと思うようになっています。
そうはいっても昔買った衣を一度も袖を通すことなく、仕立て糸も抜くこともなくタンスの肥やしになっていたものを思い切って以前処分しました。10年もきてなかったからしょうがないね、と言い聞かせてはみたものの、現在の着用している衣が破けたりして代替品が必要な時などにはちょっともったいなかったかなと少し後悔もあります。体は一つなので修繕すればすぐ現在のものが十分使えます。大切なものが増えすぎると、一つ一つの重みが減ってしまう、なので必要なもの大切なものに囲まれて生活する方向をもっと目指して行こうと思います。