朝の祈り

 少しづつ日が長くなることを毎朝感じています。

今朝は玄関をでると満月に近づいているお月様が煌々と輝いていました。その下には南部の山並みにうっすら積もった昨日の雪が残っていて非常に美しい姿を見ることができました。こうしたちょっとしたことだけで一日なんだか得した気分になってしまう単純な人間です。美しいものを美しいと感じるのは、自分の中に「美しい」という気持ちがないとダメだ、と聞いたことがあります。

毎朝御宝前に額づき、そのお姿を拝して今日の様子がなんとなくわかります。悩んでいたり、苦しい気持ちがある朝はなんとなく諸天善神のお姿もそれを感じておられるように映り、楽しい、うれしい気持ちの朝は一緒にお喜びになっているかのようです。自分の気持ちが合わせ鏡のようになるかもと恐れながら感じたりしています。

ただの御尊像だというえば、物理的には材木でつくられたお姿です。しかしそこに魂が、気持ちがこもるとそこには命がふきこまれて一緒に手を合わしてくださる尊いお姿に生まれ変わります。そこにいらっしゃる、そういう気持ちで朝の祈りに向かう習慣がありがたいと感じるようになりました。学生あがりの自分には、そこまでの感覚がまだ弱かったように思い出しています。

朝の誓願に生き、夕べの感謝で休む

そうした日常を送れる毎日にまた感謝する朝でした。

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

コメントを残す