お彼岸が始まりました。今日は朝からお経回りでお檀家さんのお宅に伺い一軒一軒仏壇の前で先祖追善の回向と祈願を願う一日となりました。
お彼岸は六波羅蜜(ろくはらみつ:6つの修行内容のことで、布施、持戒、忍辱、精進禅定、智慧)の修行に励む日であります。また先祖追善の祈りやお墓参りなども一般的に行われています。仏教の本来の意味合いを尋ねれば、自己の修行がまず第一にくるのであります。今日はその最初の項目:布施であります。
布施は読んで字のごとく布を施すことです。釈尊御在世の折には教えによって導かれた方々が御礼や供養の意味で袈裟にする布を差し上げた、その故事になぞらえて布施というのは自分のもっているものを与えること、という意味になりました。そして最近ではお布施といえば、お金のこと、すなわち財施ということのみが注目されているかもしれません。しかし布からきているように、自分のもっているものを相手に差し上げる行為がお布施なので、席をゆずったり、力仕事を肩代わりしたり、または笑顔で接することも「お布施」になります。いろいろな意味を含むものがお布施です。
今日は自分の時間をお布施してお経回りで回向を施し、またお茶を施されました。自分がかけたお布施のことはよ~く覚えているものですが、お布施のポイントとして、したことは忘れなさい、があります。これとっても難しいですね。あんなによくしてあげたのに、こんなに頑張ってつくしたのに、という気持ちになるのが人情でもあります。しかーし!受けた恩は石に刻めとはだれかがいってましたが、施しはついついそういう「してやった」という慢心が生れるのでそれを諫めることが生れたのだと思います。
まだまだ布施の心には遠く及びませんが、そうしたことを考える、いや自身の行動を通じて感じて「布施とはなんぞや?」ということを感じ取るのがお彼岸なのでしょう。