昨日は準備していた記事をあやまって消してしまいました。長い文章ではないですが操作ミスということでちょっぴり残念なことになりました。
忍辱は耐え忍ぶことと書いてあるように一般的には何に耐えるのかということが問題になろうかと思います。眠いつまらない仕事に耐えるのか、人から侮られて我慢するのか、いろいろ耐える機会にはことかかないのがこの世の習いかもしれません。仏教での忍辱は心の平穏を乱す対象に対して意識を向ける修行です。心は簡単に乱れます。怒りにまかせて言ってはいけないタイミングで言ってしまったりしますし、ダイエットといいながらついつい食べてしまったり、上司の愚痴が止まらなくなったりと破ってしまえばなかばすっきり?するのかもしれませんが、これでは心の平穏は訪れません。
貪瞋痴の三毒こそが私たちの日常を乱すおおもとです。そこにとらわれないように耐えること、意識を向けること、実行することが忍辱の行いであろうと思います。
耐えてばっかじゃんねー(山梨弁)というのが当たり前の世の中です。どうにも変えようがないので、自分の心が変わるしかない!そこを大切にしたい一日でした。