久遠寺では施餓鬼会法要が営まれました。
これは亡くなった諸霊位に回向するもので、特にお盆の時期に行います。昔々のお釈迦様のお弟子さんの一人目連尊者が死後の世界で苦しむ母を救うため雨期に修行をしているお坊さんたちに供養し、普く霊位を供養すればいいとの教えによって始まっています。
吊るされる苦しみ、ウランバーナという言葉が語源になっています。しかし最近の学説ではこの言葉は「分け与える喜び」という意味で、ペルシャ地方(インドの更に西側、現在のアフガニスタンあたり)の言葉らしいという、ある種学説が転換するような事態になっているようです。
これは私たちからの視点に立てば「施す喜び」にも取れますし、亡くなった霊位から見れば「苦しみからの離脱」とも見て取れます。両方の視点に立てば、生きている側と亡くなっている側でお互いの相乗作用が供養には生まれるともとれるでしょう。
たくさんのお塔婆を立てて供養して今日は尊い祈りの時間を過ごすことができました。普段している回向も大切ですが、みんなで手を合わせるこの空間に満ちる慈愛のエネルギーを感じて、私たちの気持ちも届いたかなと信じています。