老眼鏡

 一昨年に購入した老眼鏡を大切に使っています。

細い文字が見えづらくなり、使い始めてみたら手放せなくなった老眼鏡。自分では奇抜なデザインを選ぼうとしましたが、冷静な店員さんに止められました。普段使いはオーソドックスなものが飽きが来なくていいですよ、と。

信じた通り意匠を凝らしたものではない普通のものですが、なんとなく形も気に入っていて3割ましに賢くなった気がします(あくまで個人の妄想です)そんなメガネがないと日常困ることが増えてきました。やっぱりさらに視力が衰えてきているのかもしれません。

歳を重ねることの孤独、老い、そして死への恐怖、考えていると眠れなくなりそうです。解決策は残念ながらこの2500年以上、いや有史以来命は生まれてまた去ることが決定されています。なので視力が戻ると言うことはないのでしょう。せめてジタバタしないように心を整えたいと願うばかりです。

メガネを頭に乗せながら探すと言うドリフのコントのようなことも起こったりして、我ながら笑ってしまいます。「今がなんでもちょうどいい」そんな合言葉を何かやらかしたり思うようにいかない時に悲観しないよう自分に話しかけています。意外に落ち込まなくて済んでいます。

 

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

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