善知識

最近歯が弱くなってきたことを実感します。目、腰、歯が弱くなってくると年をとったなと感じるよと先輩が言っていました。本当にその通りだなと感じています。年齢を重ねるのは楽しいこともありますがこうした現実も受け入れなければなりませんね。

腰は無縁だったぎっくり腰をしましたし、老眼鏡をかけ、歯茎も痩せてきました。まあ年相応の変化ということで悲観して途方に暮れるわけではないですが。ついにきたなという感じです。

「老いる姿を見せるのはいずれ通る道だと教えてくれるため」とくだんの先輩は親の老いる姿から感じ取ったそうです。考えてみればオギャーと生まれた時には動けませんが、やがて四つ足になり、二足歩行になり、そして三つの足になってやがて動けなくなるわけです。

善知識とは教え導いてくれる存在を指します。大袈裟に言えば「会う人皆これ師なり」ということです。相手の見せてくれていることは自分にとって必要な事ばかりだと感じるようになりました。善悪を超えてそれが善知識だと認知できるようになると仏道も一歩進んだのではないかと思っています。

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

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