今朝、いつものようにお経を読誦したあとに日蓮聖人のご遺文(たくさん書かれているお手紙や文章)を拝読していますとなんとなく今と似ているかなと思うような気がしました。
なにが似ているかといいますと、鎌倉の辻に立ち法華経の教えを説かれていたお祖師様と同時期には色々なお坊さんがやはり辻に立ち、この教えこそ!と発信者(お坊さん)が多かったことが記されています。
翻って現代ではメディアやSNSなどでさまざまな情報が乱立してどれが正しいか路頭に迷う人も多いのではと自己の反省も含めて感じます。なにか判断の軸になるもの、私は法華経の教えを心の杖にしていますが、そうしたものが日常に応用できないかと感が増した。
異常気象や飢饉が起きていた鎌倉時代、今も地球規模の災害やコメ騒動など似通う部分を見てみると、そこには「祈り」や「行動」が求められてくると思います。お祖師様のようには到底できませんが、万分の一でも何か世の為、人の為にお役に立てるそんな人に一歩前進したいと思っています。