お札は仏壇や神棚に、もしくは粗末にならない場所においてください、そして手を合わせた時にどういう気持ちでこのお札を置いたのか、それも思い出してくださいとお願いしています。
毎日拙寺の御宝前に置いてあるお札を見ながら考えます、この願いを書いてその通りの生き方をしているだろうかと。身体健全なら、暴飲暴食や寝不足をできるだけ避けて体を労わってあげているか、、、と。
海外の知り合いが先日身延に尋ねてきたときにお札はどうすればいいのか、また古いお札はどうするのかを話しました。毎年お参りできるわけではないので古いお札は自身が納得するまで置いて手を合わせて欲しいこと。そして黒ずんだり、破れたりしたら交換の時と話しました。
自身の祈りが形となっているのがお札やお守りです。その願いの通りに生きているか自問自答しながら、より良い家庭、より良い人間性を高めていく、そこに日々の信仰の姿があると思います。お札をおいたから安心、ではなくあくまで自分の誓いがそこにあるという意味を忘れないようにしたいと思っています。