お札

 節分会(25日開催)のお札書きが大詰めを迎えています。本当はもっと早くに準備を進めるべきと思って気持ちが焦っています。それでも一文字一文字進めていくしかありません。

お札は準備している段階が尊い、と先輩から教わりました。相手のことを想い、願いが叶うように筆を進め墨を落とす。この行為が木のお札、文字を書き入れただけのものから神仏とのつながりを持つ神聖さを宿すからです。

例えば交通安全のお守りを頂いた人が140キロで運転していては事故を起こしたりします。お守りが守ってくれるのではなく、あくまで自己の行動が伴い、そこに神仏の御守護が加わることによって加護が生まれます。

お札を頂いた、お祀りした、で完成ではなく、それを目にして手を合わせた時に「祈り」が生まれます。またその祈りを確認するのにもお札という存在は大切だと思っています。我が家も家族が通る場所、みんなの目に入る場所にお札を置いています。感謝と誓いを持ってそのお札を毎日見ています。

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

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