手元供養

 今日はお彼岸の前のお経参りで、県外の檀信徒さんのお宅にお邪魔しました。お経が終わって雑談をしていると新聞の記事を見せていただきました。「手元供養」と書かれていました。

自宅で遺骨を安置して、仏壇ともイメージしずらい現代的な安置スペースを作ってそこで手を合わせるのが普及してきているというものでした。果たしてこれはどこかと思えば首都圏ではやっているそうです。

親や祖父母が東京や首都圏に出てきて先祖のお墓は地方の実家。そして祖父母や親を送るにも墓地や墓石、葬儀費用がかさみどうしても田舎の菩提寺のように墓が持てない、そうした人たちが自然発生的にそういう文化を生み出しているのでは?というのが個人の感想です。

実情はもっと別の理由があるのかもしれませんが、宗教上のしきたりや世帯ごとに同居をしなくなって情報や伝統の説明がなされなくなってきているのも一因かもしれません。捨骨(散骨)よりはまだ手元にあるだけいいのかもしれませんが、今いる人がその遺骨を見れなくなったとき、どうなっていくのか、今だけ自分だけという考えに陥っているとしたら私たち宗教者の責任も大きいと反省しました。

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

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