ここ最近感じるのは何が朝勤の良さかということです。仏教的な解釈、祈りであったり陰徳を積むことあったりという考え方もあります。
また生活のリズムが一定になるなどありますが、なぜ続けているのか?という問いを立ててみるとすぐに「これだからです!」という答えが出てきません。
習慣になっているからというのも一つの答えではないかと思います。人に挨拶をするように、声としての返事がなくても神仏に朝のご挨拶をする、しないと何か気持ち悪い、そんな感覚になっています。
これからの人生に必要なモノ、健康な体、協調性、そして自分を大切にしながら社会生活を送ることなど考えて見ましたが、「習慣」というのは人生を語る上ではその人らしさが出てくるのではないかと最近感じています。