私たち僧侶の世界には給料は存在しない、という考え方を持っている人がいるかもしれません。労働の対価として支払われる給料という考え方ではないと言える部分もありそうです。
「お布施」は僧侶に渡されます。しかしそのお渡し先は「仏さま」へまずお預けする。そこで第三者的に僧侶が関わって現実的な受け取り手になり、管理を任される、そんな説明をしています。
給料は窮屈料だ、という言葉を聞きました。我慢した対価という考え方です。なんとなくわかる気もします。感謝の気持ち、報恩の気持ちで差し上げる、そこにお布施の尊さがあります。ですので窮屈とは相入れないですね。
作務業や食事の支度など一般的な「業務」に分類されるものも、法要を執り行うことや、祈願回向をする「法務」などが日常ありますが、あくまでお寺の維持運営に関する全ては「労働」ではなく「信仰上の宗教活動」と言えるでしょう。