わたしにしかできないこと

 私個人の話をする場なので、読まれた方が感じることを想像するしかないのですが思っていることを正直に表現することは、多少オブラートに包んだ表現でも、いいことかなと思っています。私は50歳近くなって、ようやく自分の実力を冷静に見ることができるようになりました。それは「他の人と比べて、足りないことが多いな」と認識したからでもあります。

その認識は自分が苦手とする分野の仕事ができる、処理能力が高い人達と比べて培われてきたものです。。当然苦手と思っているくらいなので、努力は続けているものの、今からは正直追い越せないなと思っています。例えば記憶力なんかは、若い人に負けるし、理解のスピードも遅い。メモをとってもメモをどこにおいたか探すこともあります(笑)果たしてこの認識は本当の自分を表しているのかどうか、、、、。

仏教を学びながら感じることは、「悟り」という究極の目標は歴劫修行(りゃっこうしゅぎょう)という時間をかけて高みに登る日々の努力により、達成に近づいていきます。そこには他の優れた修行者と比べることなく、自分の能力を冷静に判断して、できる事を積み重ねる事によって一歩また前に進めるわけです。なので「他と比べる」ことは必要がない、自分のできる事を粛々とやる、やり続けるのが今生のお役目だろうと信じるようになりました。

数々のお寺で、団体で働いてきましたが、正直私のやってきたことなど、とても大きい仕事をやり遂げた!というものでく、自分のできる範囲で、なにかと迷惑をかけ、助けて頂きながら積み上げてきたものです。今の職場ではニコニコしてるだけでも立派な仕事の一部と本気で思っています。だって怒っている人が隣の机にいたら、なんかこっちも嫌な気持ちになるから。私にできること、私にしかできないこと、そこにも光を当てて自分らしく輝こうと思っている今日この頃です。

投稿者: 市川 泰雅 

ほほえみの伝道師

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